「幸せ」を感じない人へ

皆さんの幸せの感じ方って何ですか?

僕の大好きな映画、男はつらいよシリーズでの有名な一節。

主人公の寅さんと思春期の甥の満男のワンシーンです。

満男:「叔父さん、人間は何のために生きてんのかな。」
寅さん:「なんだ お前、難しいこと聞くなぁ ええ? う〜ん、なんて言うかな? ほら”ああ生まれてきて良かった”って思うことが何べんかあるじゃない ねっ?そのために人間生きてんじゃねえのか?」
『男はつらいよ第39作「寅次郎物語」より』

すごい好きな言葉です。

確かに、幸せってみんなが求めてる事だけど、非常に抽象的だし、よく分からない概念とも言えます。

今回はそんな「幸せの感じ方」について考えてみます。

生きる意味なんてそもそもない

誤解を招きそうな見出しですが、僕は

“人が生きる意味などそもそもない”

と考えています。

じゃあ、死ぬのがいいのか?

ーいいえ、そう言う意味ではありません。

ここで少し、学生時代に一度は先生に言った(もしくは思った)であろう台詞を思い出してみましょう。

『先生〜、こんなに勉強して何か意味あるんですか?』

よく言ったり、聞いたりしましたよね?

人は、何かその物事に「意味」を見出そうとする時、

“何かに繋がるか”

と言う事を考えます。

とすると、この質問

『先生〜、こんなに勉強して何か意味あるんですか?』

に対する答えは、

○テストで良い点数を取るため
○良い学校に進学するため

などと非常に明確です。

学校の勉強そのものが何かに繋がるのか、と言う問いに関してはまた別の話ですが、テストや入試において勉強で得た知識は役に立ちますので、

勉強する意味=テストの良い点や良い学校への進学のため

と考えて間違いないと思います。

では、この問いを人生に置き換えてみましょう。

「生きる意味って何ですか?」

皆さんご存知の通り、人はいつか死にます。

死とは今のところ「無になる事」であると言うことになっています。
(もちろん宗教によって色んな見解があっても良い。)

と言うことは

「生きていても何にも繋がらない」

という非常に残酷な結論が導き出されます。

そうですよね?

だってどんなに頑張って生きても、最後は”無”になるんですから。

では、何の為に生きるのか?

結論は明確で、本記事の冒頭で寅さんが答えてくれてます。笑

たまぁに、あー生きててよかったって感じる

その”瞬間”の為に生きてるんです。

その瞬間を人は「幸せ」と呼びます。

つまり、

生き抜いたその先には何もないのだから、

“その道中で感じる幸せを拾い集めて生きていくのが正解”かもしれない。

こういった結論です。

“人は幸せを感じる為に生きる”

一見語り尽くされた台詞ですが、こうやって論理的に改めて結論を導き出してみると、考えさせられるものがあります。

どうやって「幸せ」を感じるのか?

それでは、幸せって何でしょう?

これは相対的な感覚なので定義は不可能です。

テレビでお笑いを見てる時に幸せを感じる人も居れば、コンビニのおにぎりを食べてる時に幸せを感じる人も居ます。

でも、幸せの感じ方には「答えがある」と思います。

ずばり、

幸せは”気付くこと”によって感じられる

だと思います。

幸せって、勝手に向こうからやってくるものじゃない気がします。

これが、非常に厄介です。

例えば、本当に掘り下げて、

『人が生まれる確率は”50~80兆分の1″だから生きてるだけで幸せ!!』

と解釈すると、幸せに”気付けない事もない”と思うんです。

でも、これは結構なハードルですよね。笑

なぜか?

それは、物事の多くが”当たり前化”してるから。

これも散々言い尽くされてはいますが、改めてそう感じます。

また、スマホの普及等が起因してどんどん情報化が進んでいる現代。

人々はより新しい刺激を求め、ひと昔の幸せすら”当たり前化”してしまって居ます。

僕は、平成10年生まれなので、いわゆる「デジタルネイティブ」です。

刺激に慣れています。

当たり前を当たり前としか感じれなくなっています。

冒頭にもあげた寅さんの舞台は昭和。

スマホもない時代、人との連絡手段は手紙か電話のみ。

今の何倍も

「その人を感じられる幸せ」

は大きかったと思います。

丁寧に日常生活を送ってみる、という提案

この刺激だらけの令和において幸せに”気付く”方法。

僕は最近

「丁寧に生活する」

を心がけるようになってから、幸せに気づく回数が増えたような気がします。

“丁寧に生活する”

とは文字通り

“所作を丁寧にする”

のです。

具体的には

○丁寧にPCのキーボードを叩く(今まさに笑)
○丁寧に一歩一歩噛み締めて歩く
○靴をバカ丁寧に揃える
○食べ物をよく噛んで旨味を最大限に味わう
○ドアを丁寧に閉める

などです。

せかせか生活をしていると、あんまり気がつけない事も、意図的に丁寧に行動すると、色んなことに気がつけます。

○PCのキーボードって便利だな
○帰り道、こんなに景色綺麗だっけ
○この靴、紐までデザインに拘ってる
○あれ、白ご飯ってこんなに甘いの
○このドアの模様綺麗だな

などです。

案外見落としがちな、幸せをゆっくりじっくりと拾い集めながら人生を生きていくと、きっと死ぬ瞬間

「あぁ、良い人生だったな。」

と思える気がします。

本日の一枚📸

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『秋に色付くお城』

故郷の広島に久しぶりに帰省しました。

何だか無性に広島城を見に行きたくなって、カメラ片手に周辺をお散歩しました。

紅葉や新緑、色んな自然の枠に囲まれたお城は色んな色に見えました。

(文:Hiroki Yamamoto)

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